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生い立ち
●1977年3月29日
緑豊か、山紫水明の地『美濃』に生まれ
のびのびと育つ。

 大の祭り好き!
 美濃市の伝統、
 美濃祭り
 で子供みこしに参加。
 女子にも関わらず、先頭切って太鼓を叩き、
 みこしの主導権を握っていたなどオテンバ少女。

 夏は長良川で川原遊び。岩から飛び降りたり、
 男子と泳ぎ競争をしたり、ビンチョコ
 (ハゼというのか・・・)をタモで採ったり、
 真っ黒になって遊んだ。

 お盆には郡上八幡で徹夜踊り。

 秋は運動会と遠足。
 紅葉した山々と田園風景を見ながら友達と
 日が暮れるまで遊んだ。

 冬はコタツでなにもせず・・・。
 当時流行ったマリオゲーム。

 小学校6年で身長が160センチあるという、
 大きな女の子。
 ピアノと書道を6年間習う。

●中学から全寮制の学校に入学。高校卒業までの
 6年間を規則正しく過ごす。

●小さな学園内でなんとかはめをはずそうと、
 文化祭や体育祭ではじけるようになり、
 次第に表現者を目指すようになる。
 中学は応援団副団長、高校は創作舞踊で学内優勝!

 このころ、岐阜県主催の英語暗唱コンテストにて優勝!
 審査員の先生方が私のしゃべりに笑ってくださったこ
 とが、人前でしゃべることへの快感につながっている。

 『しゃべること』=『アナウンサー』という夢が
 膨らんでいく・・・。

●日大芸術学部放送学科を志す。
 2次試験面接で「将来どんなことをしたいか」
 の質問に
 「スペースシャトルで宇宙に飛び、宇宙から見える
 地球の様子を話芸で表現したい」と答える。

 そのころ感銘を受けた本が『宇宙からの帰還』
 立花隆著。

 一年の浪人後入学が叶う。
 
 入学してから『話芸』に本格的に興味を抱くように
 なり、OG近藤サトさんが所属していた西澤実主催の
 朗読研究会に所属する。
 訛りが激しく表現もつたなく、自分の才能のなさに
 落胆する。

●学生時代は、恋に悩み、夢に悩む普通の大学生。
 どうしたら好きなことで食べていけるのか・・・。
 夜中に、友人と妄想研究会(略して妄研)と称し、
 ともに夢を語りあったり恋の悩みを相談したり・・・。  
 舞台朗読、ロックバンドの追っ掛け、詩の作成、
 美術館巡り、芝居鑑賞、映画鑑賞、
 都内散策ルポ作成→雑誌社へ売り込み→
 振り向きもされず・・・、
 大失恋、青春18切符傷心一人旅、
 トイレ民俗学研究、中国語弁論参加→
 学内特別賞・・・ 
 など、気の向くままに浅く広ーく手をつける。
 
 しゃべりのバイトもかじる・・・

 子供ショーのお姉さん。
 夏・・・
 箱根小涌園にて3週間の泊りがけの仕事に行き
 疲労コンパイ。
 
 1日に3回公演。しかも子供のテンションを上げる
 のは指南の技・・・。才能の無さに落ち込む。

 その他イベント司会。館内放送etc...体験。
 しゃべって食べていく事への厳しさをひしひしと
 感じる。一度夢見たアナウンサーの試験を受けるが
 まんまと不合格。

 面接で『なぜアナウンサーを目指すのですか?』
 との質問に『アナウンサーをステップに、
 一人舞台に立ちたいから』と答える・・・。

●大学3年の冬。『落語は人気者がいるから大丈夫
 だが、講談は危ない』という言葉を耳にする。
 『じゃあ、私が人気者になって立て直せばいいじゃ
 ない!』と体が熱くなる。

●大学4年7月。しゃべることを生業としたい、
 という気持ちが具体化!

 1999年7月12日。
 故二代目山陽の高座に出会う。
 幕が開いて師匠の姿を見たとたんに涙と体の
 震えが止まらなかった。

 今までの人生がリンクし一つにつながる。


 『これだ!』
  目からうろこ。弟子入り決意。

 『この人の伝えたいものを、
  私も伝えたい!!』
 
 すぐに入門願いに楽屋を訪ねるが不在・・・。
 入り口に立っていた現先輩である姉弟子昌味に
 『師匠のもとに連れてってください』
 と頼み込む。
 
 1999年7月13日の午後。
 運命の、師匠へ入門願いの日がやってくる。

 昌味『うちの師匠は89歳だから、
    もう取らないと思う。それでも会ってみる?』
 尚子『ハイ。お願いします。』
 昌味『分かった。じゃあ行こう・・・。』

 川崎のとある病院の一室。
 一目ぼれの山陽がそこに・・・。
 昨夜寝ないで考えた入門願いの言葉など一言も出ず、

 『弟子にしてください。』

 と土下座。

 顔を上げなさいとのお言葉に、
 恐る恐る面を上げるとそこには昨日見た
 穏やかな山陽の笑顔が・・・。

 『・・・ではやってみたまえ。』

 雲が晴れるとはこのことだろうか、
 明治生まれの江戸っ子口調から
 私の講談人生が始まった。

 3日後に名前がつく。

 『いろいろ考えたんだけどね・・・。
 「京子」がいいと思うんだね。
 今日突然来たから「京子」だね。』

  ・・・私は『神田京子』になる。

●日本講談協会、落語芸術協会にて6年の前座修行。

 その間二代目山陽他界のため神田陽子に師事。

 話芸において、一流の人の最後の死。
 手が動かなくなり、足が動かなくなり、
 内臓が動かなくなり、徐々に体が衰えていくのと
 反比例に、瞳の輝きが増し赤ちゃんのように
 ピュアになっていった・・・。

 『ありがとう』という言葉を何万回師匠の口から
 聴いただろうか。
 こちらこそ『ありがたい』のに・・・。

 『講談を頼むよ』というメッセージを最後に受け取る。

 その意志を継ぎ、女性講談師の第一人者
 神田陽子の元で、修行が始まる。
 新たな師匠陽子のもと、講談の可能性を
 広げんと励む毎日。 

●2005年6月二つ目(プロとして認められる)昇進!
 生きている間に講談師の数を今の10倍に増やし
 たいと意欲満々。
 日本講談協会の広報担当となり、
 宣伝にも力を入れている。

●2006年10月10日
詩人・桑原滝弥と結婚。
結婚披露特別ライブ2007年11月17日(東京)・
22日(名古屋)・24日(大阪)3公演行う。

『詩と芸がひとつになりました』をキャッチコピーに
一見とっつきにくい『詩』と『講談』の世界を世に広めるための
企画制作チーム“詩人類”を立ち上げ、世の中に対して何か
事を起こしていこうと積極的に活動中!!

■日々の主な活動:
 講談をする。
 講談を生かした仕事はなんでもする。
 寄席出演の傍ら独演会開催やイベント参加に意欲的。
 講談と講談を知らない方々との架け橋になるべく走り
 回っている。

☆その他
『博物館展示映像』
『岐阜市歴史博物館』の展示映像に出演しています。
岐阜城の麓の素敵な岐阜公園の中にあります。
模型と映像を使った立体的な、従来にない展示映像です。
私は講談で 「信長側から見る戦国時代」を語ってます。

■好きなこと:
 旅、祭り、温泉、日舞、映画お芝居鑑賞、
 

■近い将来したいこと:
中国にも『相声(シャンシャン)』という講談らしき話芸がある。その師に弟子入りしてプチ学びしたい。
ウルルンの企画大歓迎!?
『講談師、神田京子が・・・中国の伝統話芸に挑むぅ〜』
    (下條アトム風) みたいな・・・ 

■大事なもの:友、家族、声、時間

■最近楽しかったこと:デジカメにはまる。

★講談を武器に『和』エネルギーを伝える!★


◆夫は詩人・桑原滝弥

大好きなわがじいちゃんばあちゃんのように、
目指すは共に、白髪まで♪

ありのままの私の人生を、講談の活動を通してどんどん見せてまいりたいと思います。

よろしくお付き合いのほどを!!

              



         2007年11月吉日

             神田京子拝